NEOぱんぷきん2023年7月号「好きです遠州」
「東アジア文化都市2023静岡県」と「富国有徳」の理想

「東アジア文化都市」とは、2012年5月に行われた日中韓文化大臣会合での合意に基づいて、日本、中国、韓国の三ヶ国で、文化芸術による発展を目指す都市を毎年選定し、文化交流や文化芸術イベント等を実施する国家的プロジェクトです。静岡県は、2023年の日本の文化都市に選ばれました。静岡県は、2023年、日本文化の魅力を東アジア三ヶ国や世界に向けて発信する役割を担ったのです。また、県内の文化芸術の発信を「県内を訪れると回廊をめぐるように美しい自然環境と古来からの多彩な文化に出会える」とのコンセプトで、「ふじのくに芸術回廊」と名付けて取り組んでいます。

「東アジア文化都市」を行う目的の一つは「東アジアの平和」です。「東アジア文化都市」の開会式ともいえる「春の式典」で、川勝平太県知事は「東アジア文化都市の目的は『東アジアの平和』である、東アジアを『平和の砦』にすることである」と宣言しました。また、SPACの宮城聰監督は「文化を発信したり受信するのは、究極的には『平和』を維持するための営みである。お互いの文化へのリスペクトが生まれれば、最終的な破綻だけは避けられる」と挨拶されました。「東アジア文化都市」は、ヨーロッパで行われてきた「文化首都」プロジェクトを起源としています。ヨーロッパの「文化首都」は、EUなどの政治面での域内平和や信頼醸成を促進し、文化面での相互理解の促進と融合を図るために1985年に始まりました。最初の文化首都にはギリシャのアテネが選定され、現在まで続いています。川勝知事は「東アジアには、まだ共同体はできていないが、平和を希求する思いは同じである。中国との問題では尖閣諸島で、あるいは韓国との関係では竹島の問題で揺れてきたが、学問や教育、文化を通して、『戦争をしない』ために、日本も中国も韓国もこの東アジア文化都市のプロジェクトを10年間揺るぎなく続けてきた。我々は中国・韓国と一緒になって東アジアを「平和の砦」、人々の心の中に砦を作るということを通して平和を作っていくことを目指そう。東アジア三ヶ国はすばらしい伝統を持っている。これを活用して大いに東アジアの存在を世界に示し、世界平和に貢献することを決意する」とも述べられました。静岡県が2023年に担う「東アジア文化都市」の取り組みは、まさに静岡県の理想である「富国有徳」の一つの体現ではないかと感じます。なお、近隣の東アジア三ヶ国のみで構成されていること、文化を対象としているからこそ、時として政治的な意思によって東アジア域外の国からの介入を受けることもある政治や経済等のレジームと異なり、純粋に善隣友好と相互理解を進めることができるように思います。このような文化的交流の中から、東アジアの信頼醸成と域内平和、相互の経済的発展を企図する「東アジア地域共同体」レジーム構築の芽が育まれることを期待したいと思います。このような地域共同体は理想主義的すぎると言われることが多くあります。しかし、「新自由主義制度論」などの国際政治理論は「国家は相対的利得を求めるだけでなく絶対的利得をも求める存在である」と主張し、国家間の地域共同体や国際レジームについて、限界はあるものの、その役割が無ではないことの立証を試みてきました。世紀をまたいで憎しみ合ってきたドイツとフランスがEU統合を果たし、欧州の平和に貢献しています。東アジアにおいては、まだまだ国力や防衛力による勢力均衡や不信の構造があることを否定しませんが、欧州と同等とはいかないまでも、勢力均衡との両立であったとしても、東アジアに信頼醸成や経済発展等を目的とする地域共同体の可能性を全否定することは却って非現実的ではないかとも思います。

宮城聰総監督は「文化・芸術交流は、世界には自分たちが思っているより、もっと色々な人がいて、世界は全然小さくないことを感じる機会である。自分たちと異なる価値観と出会い、受け容れることによって化学反応が起こり『洗練』が起こる。どんなに古い文化も元々あったものと外から入ってきた文化が出会って芽吹く。文化は混交によって前へ進んでいく。」と挨拶されました。「東アジア文化都市」への指定を、静岡県の文化芸術・クリエイティブ産業や観光が振興するきっかけに活かしてほしいと思います。

小山展弘